洋食もりい
地元の方に永く愛されるお店になりたい 〜変わらない価値を提供するために 挑戦して変わり続ける〜
2024.4.25
こんにちは。
おかふる公認ライター、おもしろ創造研究室 室長の岡田です。
今回は、2018年に岡崎市で開店し、昼夜行列の絶えない洋食店「洋食もりい」に取材に行ってきました!
洋食もりいさんは、地元のブランド豚を率先して取り入れ、コロナ禍に独自でECサイトを立ち上げ、ハンバーグをはじめとするお店自慢の商品の通信販売も行うなど、様々な挑戦をされています。
お話を伺ったのは洋食もりいの森井優樹さん。
取材では、これまでの人生と、地元への熱い想いに触れることができました。これまであまり自分のことを話す機会はなかった、と少し照れながら話されていたのが印象的でしたね。
―――森井さんと洋食との出会いを教えてください。
優樹「生まれは安城市なのですが、近所に『れすとらん仔馬』という、地域の方々に愛され続ける洋食店がありました。
ここには森井家親子三代で通い詰めていたので、小さい頃から洋食店というものに親しんできた気がします。それがきっかけで、中学校の時にここで職業体験をさせていただきました。『調理場に入る』という経験はこの時が初めてだったかな。
その時から「『れすとらん仔馬』で働きたい!」という気持ちが芽生え始め、高校からはアルバイトを始めました。
洋食はもちろん好きでしたが、それ以上に、ここで働くことができる!ということが喜びでしたね。
そして、進路選択を考えた時に、もっと『れすとらん仔馬』の洋食を知りたい!という想いから、高校卒業後に就職しました。」
一貫して洋食店で働くことを夢見てきた森井さん。大好きな職場で働けることは幸せなことなのだな、と改めて感じさせていただきました。
その後、森井さんは『れすとらん仔馬』で調理を学び、最前線で料理を作られてきたそうですが、今の2018年に『洋食もりい』を開店するまでのことを聞いてみました。
―――独立された経緯を教えてください。
優樹「入社後に初めて包丁を握りました。専門学校に行くという選択肢もありましたが、やはり現場で洋食を学びたいという想いがありましたね。
そして調理を10年勤めた後、新たに開店する店舗の責任者を任されるという転機が訪れました。
右も左も分からない状態だったのでとても大変だったのですが、お店の経営について様々なことを任せて頂き、たくさん勉強させていただきました。
店舗の責任者を務めた3年間は、お店自体が育っていくのを感じられ、いつからか私も自分のお店を持ちたいなという想いが芽生えていました。」
そして2018年に岡崎市に『洋食もりい』をオープンした森井さん。
今では行列の絶えない人気店になりましたが、開店して5年目で新たな可能性を感じる出来事があったそうです。
―――岡崎市の新しいブランド豚『竹千代ポーク』をお店で使用していると聞きました。
優樹「『洋食もりい』の開店前に、岡崎市の精肉問屋 永田屋本店で修行をさせていただきました。
この時の経験から『洋食もりい』では、お店でその日に塊肉からミンチを作っています。
そんな繋がりもあり、竹千代ポークのお話は永田屋さんからご紹介いただき、ブランド開発の試食段階から携わっていました。
味も美味しかったのですが、開発コンセプトに非常に魅力を感じました。
その後、お店ですぐに使用を始めたのですが、地産地消という付加価値としての使用はもちろんのこと、洋食もりいで食べるハンバーグを通して、岡崎産のブランド豚の認知が広がっていくお手伝いができないかなと考えています。
岡崎市のことを食を通して知ってもらうために、自社のECサイトやふるさと納税で市外の方にも購入してもらえるような取り組みにも力を入れています。」
今回おかふるで出品する商品は、おかふる限定の特別セットだそうです。気になる方は是非販売ページをチェックしてくださいね。
―――これからの夢を教えてください。
優樹「私は安城市出身ですが、今は岡崎に店舗を構えています。岡崎の方はあたたかい方ばかりで、その人たちに支えられて今の『洋食もりい』があると思っています。
私が地元の洋食店で夢を見つけたように、私も『洋食もりい』を通して、様々な方に夢や感動を提供できるように、様々なことに挑戦していきたいと思っています。
結果として、岡崎市の方々に末永く愛されるお店になれたら嬉しいですね。」
洋食もりいさんのこれからの挑戦に、ぜひみなさまご注目くださいませ。
こちらの記事を読んで
「洋食もりい」さんの『岡崎竹千代ポーク』を使ったハンバーグ
が気になった方は、是非おかふるホームページからご購入くださいませ!
今回ご紹介した商品はこちら
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